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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)1547号 判決 1993年5月11日

原告

田畑建機販売株式会社

ほか一名

被告

安田火災海上保険株式会社

ほか一名

主文

一  被告安田火災海上保険株式会社は原告に対し、金二七一万五七五〇円及びこれに対する平成二年三月一七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告野田雅に対する請求、被告安田火災海上保険株式会社に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告と被告安田火災海上保険株式会社との間に生じたものはこれを七分し、その五を原告の負担とし、その余を同被告の負担とし、原告と被告野田雅との間に生じたものは原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは連帯して原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告安田火災」という。)につき平成二年三月一七日から、被告野田につき同月一八日からいずれも支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告の所有する普通乗用自動車(以下「原告車」という。)が信号待ちのために停止中の川本清一が運転し、川本建設株式会社(以下「川本建設」という。)の所有するベンツ(以下「本件ベンツ」という。)に追突し、本件ベンツが破損した事故について、

1  原告が被告安田火災との間で締結していた自動車保険契約(対物賠償の保険金限度額一〇〇〇万円)に基づき、被告安田火災に対して対物賠償保険金全額の支払を請求した。

2  右物損事故について、原告が川本建設側との示談交渉を弁護士である被告野田に委任したとし、右対物賠償保険金全額の支払を受けられることを前提に、原告側と川本建設側との間で、新車による賠償を主な内容とする示談が成立したのに、右保険金の支払が受けられないのは、被告野田の委任契約に関する債務不履行に当たるとして、被告野田に対して右対物賠償保険金全額に相当する損害賠償を請求した。

二  争いのない事実

1  次のとおりの交通事故が発生した。

日時 平成元年八月二四日午前一時二〇分ころ

場所 大阪府枚方市高田二―三一―一先路上

態様 原告の所有する原告車を田畑輝男が運転中、信号待ちのため停止していた川本建設が所有し、川本清一が運転する本件ベンツに追突し、本件ベンツが破損した。

2  原告は、被告安田火災との間で、原告の所有する原告車を被保険自動車とする、対人賠償保険限度額無制限、対物賠償保険金限度額一〇〇〇万円、保険期間が平成元年四月一〇日から一年間とする示談交渉付の自動車保険契約を締結した。

3  被告野田は、大阪弁護士会に所属する弁護士であり、被告安田火災の顧問弁護士である。

4  川本清一、川本建設は、自ら組織している右翼団体、暴力団の威勢を示しながら、本件事故の賠償として本件ベンツの修理、損料の支払では満足せず、同種、同等の新車を提供するよう強硬に要求した。

三  争点

1  被告安田火災は、原告に対して一〇〇〇万円の対物賠償保険金を支払う義務があるか(原告は、被告安田火災側と被告野田との間で、本件ベンツを全損扱いとし、代車料を加算し、これに原告が新車を提供した後に取得する本件ベンツの処分代金を考慮すると、新車賠償による出費を右対物保険でほとんど全額補填できる旨協議し、これを原告の代表者である田畑輝男に説明したことから、田畑輝男は、右保険金一〇〇〇万円が支払われることを確信し、右支払が実行されることを前提に、本件ベンツと同程度の新車を川本建設に納入することなどを内容とする示談を締結し、これを履行したと主張する。これに対して、被告安田火災は、田畑輝男が、川本清一の言い分どおりに新車を渡さないと原告の関係者に迷惑がかかるなどとして、新車賠償を強く主張し、被告安田火災側が、本件ベンツの修理代に、格落ち損と代車料を加えたものが損害であると説明して田畑輝男の翻意を促したが、同人はこれを無視して新車賠償による示談をしたものであるから、その危険は原告自身が負うべきであると主張する。)。

2  被告野田は、原告に対し、委任契約の債務不履行に基づく一〇〇〇万円の損害賠償債務を負うか(原告は、被告野田が、本件ベンツが全損に当たるか否かを具体的に検討して、その判断を原告に告げるべき義務を負い、全損に当たらないと判断するのであれば、その理由を説明したうえ、具体的な損害額を検討し、その理由を原告に説明すべきであり、また、本件示談契約を締結するに当たっては、本件ベンツの損傷程度、修理が可能であれば、修理費、代車料、格落ち損を算出して原告に説明すべきであり、新車賠償をした場合の原告の自己負担額を明示して原告が方針を決定できるようにするなどの義務があるのに、被告野田が本件示談契約を締結するまでに検討したのは、本件ベンツの写真を見ただけであり、全損か否か、損害額の程度について全く検討することなく右示談契約をしているのであつて、右委任契約上の義務に違反していると主張する。これに対して、被告野田は、原告の被告野田に対する依頼は、相手の要求に応じて自己負担してでも新車を提供して解決したいので、示談成立後に新たな紛争が発生しないように遺漏のない示談書を作成して欲しいとの趣旨のものであり、被告野田は、原告の右意向どおりの示談書を作成し、代理人として調印したものであるから、被告野田に委任契約の債務不履行はないと主張する。)。

第三争点に対する判断

一  証拠(甲一、二の1、2、三ないし九、丙一ないし四、五の1、2、六、検丙一ないし八、証人岩佐昭、同三由賢剛、同新保博、原告代表者、被告野田各本人)によれば、以下の事実が認められ、証人新保博の証言、原告代表者本人尋問の結果のうち、右認定に反する各部分、右認定に反する甲第一〇号証はいずれも採用できない。

1  交渉経過等

被告安田火災は、本件事故の翌日である平成元年八月二五日に本件事故の連絡を受け、被告安田火災の社員である三由賢剛ほか一名が川本清一と会つた。その際、三由らは、川本清一に対し、本件ベンツの修理は可能で、損害としては、修理代、格落ち損、代車料になると説明したが、具体的な金額は提示しなかつた。これに対して、川本清一は、あくまで原告に対して新車による賠償を要求するとの態度を示していた。このように、三由らは、川本清一と面談し、また、右同日、同人方にあつた本件ベンツの外観を見るとともに、その写真を撮影した。三由らは、川本清一と面談した後、その日のうちに原告事務所へ行つて田畑輝男と会い、損害としては修理代、格落ち損、代車料に限られることを川本清一に対して提示したことを伝え、今後は弁護士と相談した方がよいと田畑輝男に助言した。その後、田畑輝男は、本件ベンツの修理を株式会社ヤナセ(以下「ヤナセ」という。)に依頼したが、本件ベンツがいわゆる並行輸入車であるうえ、改造車であることから部品が異なり、部品を入手するのに時間がかかることなどを理由に、ヤナセから修理を拒否された。また、田畑輝男は、従来から取引のあつた株式会社チカラモータース(以下「チカラモータース」という。)に修理を依頼したが、ヤナセと同様に部品の問題のほか、川本清一が右翼団体関係者であることから、後に問題を残す可能性があるとして、チカラモータースからも修理を拒否された。その後、同年八月三一日、被告安田火災の社員である岩佐昭、三由が原告の事務所へ行き、田畑輝男、チカラモータースの社員である新保博らと面談した。その際、田畑輝男は、岩佐、三由に対し、相手が右翼団体関係者で高圧的態度であり、新車による賠償を要求されていること、ヤナセに本件ベンツの修理を拒否されたことなどについての経過説明をした。これに対して、岩佐、三由は、田畑輝男に対し、本件事故の交渉を弁護士に任せるよう勧めたが同人は、川本建設の事務が原告の事務所の近所にあり、従業員に迷惑がかかつてもいけないし、修理業者も見つからないので、新車による賠償を決めていると述べた。田畑輝男の右説明、意見を聞いたうえで、岩佐、三由は、被告安田火災が保険金として支払えるのは、修理代、代車料、格落ち損だけであり、原告の支払額と保険金との差額は原告の負担になる旨を説明するとともに、川本清一側が新車による賠償だけで了承するか否かが心配なので、弁護士と相談してみるよう勧めた。田畑輝男は、この勧めを了解したので、その場で被告野田に連絡し、その日のうちに被告野田の事務所に岩佐、三由、田畑輝男、新保らが行つた。そして、田畑輝男は、被告野田に対し、先に岩佐、三由に説明したと同様の経過説明と新車による賠償の方針を伝えた。これに対して、被告野田は、新車による賠償ではなく、訴訟による解決を選ぶ方がよいと助言したが、田畑輝男の新車による賠償の方針は変わらなかつた。このようなことから、被告野田は、田畑輝男から、新車による賠償の方向で示談交渉を進めることを受任した。その際、被告野田は、前記のとおり三由らが撮影していた本件ベンツの写真以外には、本件ベンツの修理が可能か否かをその場で判断するだけの資料がなく、田畑輝男に対しては、修理ができないのであればいわゆる全損であるとの一般論を説明したが、本件ベンツを全損扱いにするよう話したことはなかつた。なお、右写真から判断される本件ベンツの損傷の程度は、本件ベンツを全損として廃車にしなければならないほどではなく、一見して修理が可能な程度であつた。その後、同年九月五日ころ、田畑輝男から被告野田に対し、新車による賠償の内容で示談書を交わすことになつたので、同行して欲しいとの要請があつた。そこで、被告野田は、示談の内容を田畑輝男から聞き、示談書の原案を作成して同人にフアツクスで送付し、その了解を得た。そして、同年九月七日、被告野田は、田畑輝男とともに川本建設の事務所へ行き、同日付の示談書を作成した。右示談書は、原告と田畑輝男が川本建設に対して本件ベンツと同程度の新車を納入すること、川本建設は原告に対して本件ベンツを譲渡すること、本件事故により川本清一に傷害が生じた場合には、原告車の自動車保険に被害者請求し、原告と田畑輝男には一切請求しないことなどを内容とするものであつた。その後、被告安田火災は、チカラモータースに対し、本件ベンツの修理見積を依頼し、チカラモータースは、同年九月二五日付で、修理費を三〇三万二五〇円とする見積書を作成した。そして、原告は、右示談書に基づき、一四〇〇万円余りを支払つてベンツの新車を購入し、川本建設に引き渡した。また、原告は、本件ベンツを四〇〇万円で他に売却し、その代金を取得した。ところで、被告安田火災は、同年一〇月一二日ころ、原告に対し、保険金として、修理代、二八〇万円、代車代一一四万円(一日当たり一万九〇〇〇円の六〇日分)、格落ち損七〇万円(合計四六四万円)を提示し、同月一八日ころには、四八四万円を提示したが、原告の了承を得られず、本件訴訟が提起された。その後、平成三年三月ころ、被告安田火災のアジヤスターは、本件ベンツの修理費が一七四万一〇一〇円であるとの修理見積をした。

2  本件ベンツの損害

本件ベンツは、初度登録年月が昭和六二年三月の車両であり、本件事故当時の時価は八〇〇万円程度であつた。本件ベンツは、本件事故により、車体後部左側、左後部側面に損傷を受けたが、その損傷の程度は、軽度とはいえないものの、それほど重大なものではなかつた。チカラモータースの前記修理見積のうち、左フロアパネル、左右トランクヒンジの各取替(左フロアパネルにつき二九万円、左右トランクヒンジにつき三万六六〇〇円)は、板金修理(左フロアパネルにつき八万円、トランクヒンジにつき三〇〇〇円)で修理可能であり、焼き付け塗装(四〇万円)は、ペイントアンダーコート(三〇万円)で修理可能であり、フロントガラス脱着(六万円)、ルーフ板金修理(五万円)、左ドア脱着、オーバーホール(二万二〇〇〇円)、左右フロントシート脱着(一万五〇〇〇円)、フロントバンパー(二一万二八〇〇円)、右リヤーグリルテールランプ(三万八七〇〇円)、右ライセンスランプ(九六〇〇円)、トランクキー(一万二八〇〇円)は、前記損傷部位からすると、いずれも修理不要である。

二  被告安田火災の対物賠償保険金支払義務について

前記一1(交渉経過等)で認定したところによれば、本件ベンツの損傷の程度は、いわゆる全損とはいえないものの、原告代表者の田畑輝男は、右翼団体関係者である川本清一から新車による賠償を高圧的態度で要求されており、川本建設の事務所が原告の事務所の近所にあることから、原告の営業に支障となるおそれがあると考え、また、本件ベンツが並行輸入車で、改造車であり、所有者が右翼団体関係者であることから、ヤナセとチカラモータースに修理を断られたため、新車による賠償を決意し、本件事故直後から、被告安田火災の社員が修理代、代車料、格落ち損だけが保険金支払の対象となり、右支払を越える部分は原告の自己負担になるとの説明をしても、新車による賠償の方針を変更せず、本件示談を成立させたもので、原告と被告安田火災との間で、本件ベンツをいわゆる全損扱いとして保険金を支払うとの明示、黙示の合意が成立していたとは解されない(また、田畑輝男が本件ベンツの修理業者を見つけることができなかつた点については、前記認定の経過からすると、本件ベンツの修理が事実上不能で全損として処理しなければならない程の状況にあつたとは解されない。)そうすると、原告と被告安田火災との間で全損扱いの合意があつたことを前提とする一〇〇〇万円の対物保険金支払請求は理由がない。

そこで、被保険者である原告が本件ベンツの損傷に関して負担する法律上の損害賠償責任の額(自家用自動車総合保険普通保険約款二条、一四条。丙六。)について検討するに、前記一1(交渉経過等)、2(本件ベンツの損害)で認定した本件ベンツの損傷部位、程度からすると、本件ベンツの修理費としては、チカラモータースが作成した前記見積額三〇三万二五〇円から、前記一2(本件ベンツの損害)で認定した修理方法の変更可能部分についての差額合計三四万三六〇〇円、修理不要部分の合計四二万九〇〇円(合計七六万四五〇〇円)を控除した二二六万五七五〇円が相当である。また、前記二2(本件ベンツの損害)で認定した本件ベンツの初度登録年月、時価額、損傷の部位、程度からすると、本件事故と相当因果関係のある評価損は、右修理費の二割程度である四五万円が相当である。さらに、代車料については、相当な修理期間、または買替期間中に代車を利用した場合に、相当額の代車料を相当因果関係のある損害として認めるべきところ、川本建設、あるいは川本清一が本件ベンツの代車を現実に利用したことを認めるに足りる証拠がないから、原告が本件において代車料相当額の損害賠償責任を負うとは解されない。そうすると、原告が本件ベンツの損傷に関して負担する法律上の損害賠償責任の額は、修理費二二六万五七五〇円と評価損四五万円の合計二七一万五七五〇円であると解されるから、原告の被告安田火災に対する本件保険金請求は、二七一万五七五〇円の限度で理由がある(なお、原告と被告安田火災との前記交渉過程で、被告安田火災側から原告に対し、四六四万円、あるいは四八四万円を保険金として支払う旨の提案があつたことが認められるが、原告が右提案を拒否し、合意に至らなかつたのであるから、右各提案額を基準として本件保険金額を算定するのは相当でない。)。

三  被告野田の委任契約の債務不履行に基づく損害賠償債務の成否について

前記一1(交渉経過等)で認定したところに、前記二で判示したところを併せ考慮すれば、原告代表者の田畑輝男は、本件事故直後から、新車による賠償の方針をたて、被告野田の事務所に行つた際にも、被告野田から、新車による賠償ではなく、訴訟による解決を選ぶ方がよいとの助言を受けたにもかかわらず、新車賠償の方針を堅持したことから、被告野田は、新車賠償の方向で示談交渉を進めることを受任し、右受任内容に従つて本件示談を成立させたものであるから、被告野田には、原告の主張する債務不履行はないというべきである(この点につき、原告は、被告野田が田畑輝男と最初に面会した際、本件ベンツを全損扱いにするよう田畑輝男や被告安田火災の担当者に述べたと主張し、原告代表者本人尋問の結果中には右主張に添う供述部分が存在するが、右面会の際、被告野田には、本件ベンツの写真しか資料がなく、右写真から見た本件ベンツの損傷程度は、一見して修理が可能なものであつたのであるから、右時点で、被告野田が本件ベンツを全損扱いにするよう田畑輝男や被告安田火災の担当者に述べたとするのは不自然であり、右供述部分は採用できない。)。

四  以上によれば、原告の被告野田に対する請求は理由がなく、被告安田火災に対する請求は、二七一万五七五〇円とこれに対する本件訴状送達の翌日である平成二年三月一七日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 安原清蔵)

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